クレタ島の記憶

ー神話にみるグロバリゼーション、破壊、再生ー

2020.05.09

 

 ギリシア神話にみる死と復活

ご存知の通り、新型コロナウィルスの猛威を受けたイタリアは、二ヶ月以上にわたるロックダウンが続いた。私たちも自宅からほとんど外出できない日がつづき、これまで欧州が経験してきた人類滅亡の危機に思いを巡らせていた。すべては、地球規模の気候変動、グローバル化による疫病や戦争によって引き起こされた危機ばかりである。ふと、本棚にあったギリシア神話の本に目がとまり、久しぶりにページをめくってみた。15年ほど前、当時東京商船大学で教えていらっしゃった丹羽隆子先生がナポリを訪問した際にいただいた本だった。

 

丹羽先生の分かりやすい文章で、オリュンポスの十二神が繰り広げるエピソードを読む。権力と欲望が原因となって起こる物語ばかり。天や海を自由自在に移動できる神々は、復習や怒りで疫病や洪水を引き起こし、死と復活が繰りかえされる。パンデミックで恐怖に陥っている私たちの姿と重なる神話もある。現実に世紀末のような日々が続いており、神話の中のダイナミックなシーンの舞台は、現在のイタリアのようである。

 

 マグナ・グラエキアからみた大ギリシア

 マグナ・グラエキアとは、南イタリアに広がるギリシア人がつくった植民都市の総称である。本土であるギリシアは大ギリシアと呼ばれてはいるものの、ギリシア文明はむしろ植民都市で発展したといわれている。マグナ・グラエキア以外のギリシア圏領域を含めると、ギリシア文化圏は地中海の中央から東部分の黒海まで広がっていたことになる。この旧ギリシア文化圏の最西端に位置する最も大きな町が、私の住む町ナポリ。

 

ナポリの公立小学校でギリシア神話をテーマにした授業があった。先生が読み聞かせをして、児童がそのシーンをイメージして絵を描くというものだったが、驚いたことにイタリア人教師は日本の神話まで授業に取り入れた。私自身が、日本の学校教育で神話を国語の教材として教えられた経験がなかったのに、自分の子供が、イタリアの地で天照大御神の絵を描く様子をみて戸惑った。神話を「真実の物語」として学ぶのではなく、歴史でも美術でもない「感覚」を育んでいた。私もこんな方法で古典を習得して、いつか大ギリシアを訪問してみたいと思っていた。

 

クレタ島の記憶

何年か前に、夏の家族休暇でクレタ島へ行くことができた。

クレタ島で繁栄したミノア文明は、エーゲ海で誕生した最初の高度な文明である。ギリシア人が南イタリアへ植民都市をつくりはじめるよりも1300年ほど前に発展し、ミケーネ文明、ギリシア文明の原型となったといわれている。そして、クレタ島はギリシアの島々なかで最も北アフリカに近い。ヘラクリオン考古学博物館でみたミノア文明の出土品の展示物は、南イタリアで見慣れたギリシア・ヘレニズム期の様式と結びつくようなものは少なく、むしろエジプトやメソポタミア文明に近い素朴なものばかり。ギリシア文化の源流は、より東方にあった

 

このミノア文明は、紀元前15世紀半ばに突然消滅した。原因は、近くのサントリーニ島の大噴火という説が有力とされている。約600年間もの間、最先端の文明として繁栄したのち、突然の崩壊。

クレタ島だけでなくギリシア中にあった都市が、大災害、疫病、戦争・略奪などで何度もリセットされてきたらしいという史実。ロックダウン中の現在なら、当時の恐怖がより想像できて身に沁みる。

 

グローバルに地中海を行き交った神々

クレタ島は、どこまでいっても、樹木の少ない岩山に真っ青な空と海のコントラストの強い風景がつづく。南イタリアにとてもよく似ているが、アフリカから吹きつけるシロッコと呼ばれる熱風は、もっと乾いていて強烈な熱さだ。手つかずの自然がたくさん残っていて古代をイメージしやすい。

 

クレタ島中心部に位置するイダ山には、最高神ゼウスが生まれたとされる大きな洞窟が残っている。父クロノスを殺して宇宙を征服したゼウスは、全世界の支配者であった。ゼウスの別名は「雷神」といわれ、天空から嵐や雷などを自由に操ったという。

イタリアの子供の本に出てくる当時のギリシア人の世界観を表した図がある。映画ラピュタに出てくる天空の城のようだ。エーゲ海を中心に地中海を取り囲む大地は円形。その周囲は海に囲まれ、宙に浮いていたと考えていたらしい。これは、古代ギリシアの哲学者アナクシマンドロスが、遠方から帰還した神話に出てくる英雄たちの話を基に提唱したという。紀元前8世紀頃のことである。世界は、ギリシア戦士がもつ丸い盾に喩えられていた。

 

ミノア文明を代表する建造物、クノッソス宮殿に立ち寄った。雄牛の頭をもつ怪物ミノタウロスのギリシア神話にちなんだ宮殿である。設計したダイダロスでさえ出口をみつけることができなかったという巨大な迷宮、クノッソス宮殿。中に入って4〜5層に階層化した建物の底から上を見上げてみて、追い詰められたダイダロスとその息子が羽をつけて空から逃げたという神話のシーンを想像してみた。

 

主要道路沿いには、バカンス客を目当てに、あちこちで蜂蜜の瓶を並べて売っている。ギリシア神話に登場するアポロの息子アリスタイオスは、養蜂、チーズ、オリーブづくりの神であった。養蜂の巣箱、養蜂技術はクレタ島が発祥である。アリスタイオスは、リビアからサルデーニャ島へ渡り、クノッソス宮殿を建設したダイダロスと共に、養蜂や放牧によってサルデーニャ島を開発したという。古代のデベロッパーといったところだろうか。

ギリシア神話を、地中海上を自由に行き来していた政治的リーダーの功績や失敗、彼らの抑えきれない暴力性や欲情を隠すことなく綴ったノンフィクションとして読んでみると、地中海世界は古代からあまり変わっていなかった。