イタリアと日本:田園回帰した人たち

2018. 08.20

作家の森まゆみさんとの共著『イタリアの小さな村 アルベルゴ・ディフーゾのおもてなし』の新著出版記念の共同企画として、イタリアの田園回帰をテーマにしたドキュメンタリー映画上映のために日本を縦断した。7月中旬から後半にかけて、東京で3回上映、横浜で1回、大阪で1回、瀬戸内海のしまなみ海道の4カ所で書籍のプレゼンと映画上映を実現することができた。

特に東京では、想像以上に多くの人たちが来てくださり、会場で聞いてみたところ、参加動機はアルベルゴ・ディフーゾに興味がある、または宿を経営してみたい人、地方移住に興味がある人、農業に興味がある人、単にイタリアが好きな人などだった。開催場所とオーガナイザーの年代によって、各会場での年齢層は僅かにばらつきがあったが、意外にも20代後半から30代の若い人たちが多く、トーク後に積極的に話しかけてきてくれた。自分の活動や自分の住む地域の問題点を話してくれる人、中には将来のUターン先として考えている故郷のパンフレットまでくれる人もいた。

今回、イタリアの小さな村の現状をしっかりと解説することができたのは、小島健一さんをはじめとする法政大学同窓会のOBOGの皆さんが企画してくれた法政大学マルチメディアホールでの開催日だった。法政大学陣内秀信研究室の後輩で、南イタリア都市建築が専門の稲益佑太さんの司会で、高齢化が進むイタリアと日本は、どのような問題点があるのか、初めて聞く人にも分かりやすく伝わったと思う。映画の中のイタリアの農村で起こっていること、イタリアの小さな自治体の現実がうまく伝わったのか、トーク後に行われたカフェでのパーティはとても良い雰囲気で、各テーブルで話が盛り上がっていた。スタッフの数が少ないと、懇親会まで企画するのは難しいが、法政大学同窓会の皆さんはもちろん、マルチメディアホールの会場を抑えてくれたり、書籍やイタリアからの食材の受取り先になってくださった法政大学の現役の若手の先生たちの協力なしでは実現できなかった。改めて感謝したい。

 こうして、東京から大阪までは、同じような問題意識をもつ人が参加してくれたが、瀬戸内海へ移動してガラリと変わった。

参加してくれたのは、実際にUターンやIターンで移住した人たち、実際に農業に携わっている人、ゲストハウスなどの宿泊施設をオープンした人、行政や新聞社、地元大学・高校の先生方など、地方再生の生の現場に携わっている人たちなどであった。しまなみ海道では、都会でのプレゼンテーションでは話しにくい(話しても伝わりにくい)イタリアの小さな村の厳しい現実を、もう少し具体的に話してみることにした。イタリア、特に中部から南部の現実は、実際にイタリアに住んでいてもなかなか網羅することは難しいが、イタリアの小さな村々でのアルベルゴ・ディフーゾ調査で出会った、田園回帰を果たした人たちのスタートアップ事例を紹介できたのは説得力があったようだ。イタリアも、都会からやってきて、ゼロから出発した人たちが多い。トーク後に、地方に移住した人たちの生の声を聞くことができたのは、日本国外に住む私にとっては大変貴重な機会だった。

しまなみ海道での4回の上映中、地元の2人のコメントがとても印象に残った。70代とみられるある男性は、「この映画に出てくる農業のやり方、農作業以外の生活の仕方、子供達の遊び方は、日本の僕らの小さい頃のしていたことと全く同じで、懐かしく感じた。」と感想を述べてくれた。まさしく田園回帰というのは、田舎へ移住だけでなく、暮らし方・働き方への回帰のことだ。元々がゆっくりしているイタリアではそれが割と容易にできるのに対して、日本で暮らし方や働き方を変えるというのは、なかなか大変そうである。それに日本では、イタリアほど有機栽培の農産物が広がっていない。むしろ、日本で田園回帰している人たちの方が、勇気があると感じたが、両国の移住した人たちに共通しているのは「誇り」を持って自分たちの暮らしを続けていることだろう。

 もう一人、印象的なコメントをくれたのは生口島瀬戸田高校で開催した上映会で出会った高校生だった。「昔、学校からの課外授業で農業体験をしたことがあったが、映画に出てくるイタリア人の若者がのびのびと体験していたのは新鮮だった。」と語った。日本の10代の若者の素直な感想は心に響いた。

 その後、尾道でも空き家再生に携わっている方々とご一緒でき、情報交換ができたことは忘れられない体験となった。次は具体的にどこに向かって、日本とイタリアの間に入って仕事をしていくべきか、たくさんの刺激を得ることができた。しまなみ海道では、「西日本豪雨」の被害の残る中、大変な状況の中での開催であったが、しまなみ海道の島々がネットワークを結んで、上映キャラバン全体の経費調達や開催にあたってのコーディネートを請け負ってくれて、心から感謝している。