PROTECT WHAT YOU LOVE

ーパンデミックの世界を超えてー

2020.10.13

 

Protect what you love.

タイトルを英語にしたのは理由がある。2020年の夏から秋にかけ、パンデミックのナポリ、パリ、東京を往復した。ようやくナポリの自宅に戻り、でてきたのはこの言葉。日本語だと少し気恥ずかしいが、英語やイタリア語ならストレートにいえる。

 

ナポリからパリ、東京へ

20208月。欧州は夏のバカンスシーズンのまっただなか。イタリアへ観光客が戻りはじめた頃だった。そんななか、日本の家族へ電話をしてみると様子がおかしい。コロナウィルスの脅威で閉じこもりの生活がつづき、限界状態だった。すぐに会いにいかないとだめだと直感した。徹夜でスーツケースを準備して、飛び立った。

 

ナポリ・カポディキーノ空港から出発。ウォークイン式の消毒ブースを通り、手荷物検査へと進んだ。パリの乗り継ぎのための申請書が機内で配られ、記入したが、パリで日本行きのフライトに無事に搭乗できるかよく分からないままだった。

パリから東京行きの機体は、JALのボーイング773という機体。総座席数は少なめの244席で、通常の機体より小さく感じた。たった20人ほどの乗客に10名ほどの客室乗務員。ベテラン乗務員のサービスに、日本入国への不安が和らいだ。

 

14日間の自粛生活

羽田空港でPCR検査を済ませ、「陰性」と書かれたお札のような赤い紙きれを受けとった。ナポリ、パリ、東京、どの空港にもほとんど人がいなかった。ウィルスの脅威は、世界の様相をすっかり変えていた。予約してあったハイヤーに乗車し、都内のホテルへ向かった。

東京へ到着して仰天したのは、体温計がどこも売り切れだったことだ。何とか調達し、健康状態を毎日保健所報告した。

 

湿度が高い日本の夏。日本では、誰も歩いていない歩道でも夜で人がいなくても、誰もがマスクをして歩いていた。その一方で、スーパーやコンビニエンスストアなどの商店は、入場制限をせずに密な状態。矛盾に驚いた。イタリアのように、列で「近づきすぎだから下がって。」とか、エレベーターに乗ろうとすると「次のエレベーターに乗ってくださいね。」などといわれて閉められることはなかった。

 

 8月半ばの東京の感染者数は、同時期のイタリアよりもずっと多く、連日200人を超えていただろうか。クーラーをつけっぱなしの部屋に籠り、やり残していた仕事をノートパソコンでこなす毎日が続いた。雑誌4冊分の原稿や校正を提出し、次の仕事の企画書を書きつづけた。

 

大切にしたいもの、家族、友人、近隣者

 14日間の待機生活が終わり、ようやく実家へ駆けつけた。家族の緊急事態を、近所の人の協力を得て何とか解決できた介護経験のある友人たちの力強いアドバイスが大きかった。パリに住む後輩も、シャルル・ド・ゴール空港の乗り換えについて丁寧に調べてくれ、感謝してもしきれない。

 私自身も、イタリアのロックダウンを経験したあとで、大切にしたいものの優先順位がはっきりしていた。イタリア人、特に家族を大事にするナポリの人たちをみていたことも大きかった。

 

仕事はズームや電話などで済ませることができるが、大切な人たちとのコミュニケーションや距離のとり方については、日本の人たちも戸惑っている印象をうけた。たくさんの死者を出したイタリア都市部では、お年寄りは日本ほど町なかを歩いていない。しかし、高齢者を自宅に隔離するのは心身の状態を悪化させるとイタリアのニュースは伝えていた。世界中が、まだ試行錯誤している。

 

日本は、独自の対応策を模索しているようである。寿司屋に入ると、握り寿司がガタゴトと自動で運ばれてきた。空港のスーツケースのようである。デパートには家族型ロボット売り場があり、購入を検討している客に遭遇した。介護ロボットや通常業務の自動化は可能性のある分野だと感じた。

なぜなら、イタリアは高齢者の世話をするために一般家庭に雇われている住み込みの介護ヘルパーや家事手伝いの外国人が、感染を危惧して解雇されてしまうという事態が続いていた。あとは、孤独や寂しさをどうやって克服するかである。

 

パンデミックの世界を超えて

 

 パリからナポリへのフライトは、客不足でキャンセルされつづけており、ようやく羽田を出発することができた頃には季節が変わっていた。ところが、出発数日前になって再度フライトキャンセルの連絡を受けた。こうしてパリに1泊せざるを得なくなったのだが、イタリアの滞在許可書を持った外国人が空港から市内に出られるかどうかは、JALの人もよく分からないという。

 

 日曜日であるのにたった23人の搭乗客。知っているかぎり、現在は、日本航空を含め数社しか欧州と日本を結んでおらず、飛んでいたとしてもほとんど乗客がいない。日本は日本国籍を所持しない人の入国を認めていないので、日本の空港の国際ターミナルが最も空いていた。実質的な鎖国である。

 

 ブログのタイトルどおり、ナポリからパリ、東京へ、パンデミックで揺れる世界を跨いでの移動。日本がこれほど遠く感じたことはなかった。

どれだけテクノロジーが進化しても、物理的な距離や時差はとりのぞくことができない。私たち在外日本人はどうやって生きていくか、帰路の機内で考え込んでしまった。

 与えられた条件のなかで、大切したいものを精一杯守っていくしかない。