アンダーランドスケープ、スペレオロジー(洞穴学)の可能性

2020.07.30

 

 スペレオロジー(洞穴学)とは?

 

洞穴学という学問分野がある。イタリア語ではスペレオロジア(Speleologia)と呼ばれ英語ではスペレオロジー語源はギリシア語のspelaion(洞穴)とlogos(論点、学問)の組み合わせた単語からきている。地下空間を探検し、洞窟の形成プロセスや生命の痕跡を記録に残し、保護・啓蒙していくことがこの学問の目的だ。そのためには、地質学、鉱物学、生物学、民俗学、考古学などの幅広い知識が必要ということで、地球規模のスケールの大きさに興味を引かれた。

 

 カステルチヴィタの鍾乳洞

 

 イタリア山岳会からスペレオロジア探検(英語ではケーヴィング)の告知が度々あったが、わざわざ真っ暗な穴に、ヘッドライト付きヘルメットをかぶって潜り込んでいくというのはあまり気が進まなかった。しかし、ポストコロナの私は、これまでの思い込みは全てリセットされており、暗闇空間の可能性に興味津々だった。6月のある日曜日、カステルチヴィタCastelcivitaという鍾乳洞見学、その周辺の簡単なケーヴィングにはじめて参加してみた。場所は、アマルフィ海岸近くの町、サレルノから南東方面に向かったところ。

 

 カステルチヴィタの洞窟があるのは、南アペニン山脈の一部である山、アルブルニ山の急勾配な尾根のなか。この山を遠くから俯瞰すると、大きな岩の塊であることがよく分かる。実際に、ここにはシンクホール、洞窟、空洞、地裂などが密集しているとのこと。カステルチヴィタはその最も顕著な洞窟の一つというだけで、それ以外の洞窟や空洞は合計すると2000ヶ所ほどある。穴だらけの山だ。

 

鍾乳洞がどのように形成されるかという解説を受ける。石灰岩の地盤に雨水や地下水が断層に沿って浸透し、水との化学反応で石灰岩が溶解することで空洞がつくられていく(概念図参照)。もう少し具体的に説明すると、この雨水や地下水は、空気中の二酸化炭素と化学反応を起こして酸性となり、石灰岩の主成分である炭酸カルシウムを溶解させる。そして、再び結晶となって重炭酸カルシウムを形成するという。これが、ストロー(イタリアではマカロニと呼ばれている)、つらら石、カーテンなどと呼ばれる鍾乳石群となる。

この反応を化学式で表してみると、以下である。

 

CaCO+ H20 + CO Ca++ + 2HCO

 

 この式に表されている炭酸カルシウム(CaCO3)は、アルブルニ山が隆起する遥か以前に、現在の地中海のあたりの海に生きていた生物の殻や骨の成分。雨水が沁みてくるかぎりは、洞窟は大きくなりつづけ、洞窟内の岩の形も変化をしつづける。変化をしない都市景観や建築物のランドスケープと違い、まさに生きたランドスケープである。人間には決して思いつかないような形が次々と目の前に現れ、コンテンポラリーアートの作品展をみているようでもある。

 

鍾乳洞見学を終えると、地下水の水源までトレッキングをした。水源は山奥のくぼみにあり、音をたてずにジワリと染みでていたが、山を下ると石積みの間から勢いよく流れ、川へ合流していた。イタリアの飲料水の約40%が石灰質の水源からきているというので、イタリア全体にカルスト地形が多いのだろうと想像できる。

 

(以下、写真をクリックするとキャプションに解説)

  

イタリア半島の誕生

 

  これまで都市や農村について考えるとき、南イタリアならせいぜい紀元前500年ぐらいまで、中部以北はローマ期または10世紀ぐらいまでしか遡って観察してこなかった。しかし、山や洞窟を理解するには、もっと遥か昔の造山活動の時代まで遡る必要がありそうだ。アルプスやアペニン山系の造山運動時の地中海の状態はどうだったのだろうと興味が湧き、イタリアの地質学や地盤の本を何冊か読んでみた。

 

 地中海形成の有名な説、ユーラシアプレートの下に、アフリカプレートが沈み込む形でイタリア半島が誕生したというのは、かなり大まかな見方で、実際はもっと細かいプレートがあちこちに引っ張りあったり、押しあったりした地殻変動を遂げていたことが分かった。あまりに複雑すぎて、プレート境界の位置に定説がないという。

 

 簡単にまとめるなら、まず最初に起きたのがアルプスの造山運動で、これは白亜紀(約1億年前)にはじまり、中新世(約1500万年前)に終わった。岩層が変形し、重なりあった複合体となり堆積物が溜まったものがアルプス山脈で、その後、アペニン山脈が形成された。このアペニン山脈は、太古に崩壊した「大アドリア大陸」と呼ばれる、現在のイタリアよりも南の方に浮かんでいた大陸の残骸の一部であることが、アメリカ・テキサス大学の2019年の調査で明らかになったとある。

 

専門的なことは複雑すぎてよく分からなかったが、海に浮いていた小さな陸地の断片があちこちから押されて1つとなり、現在のイタリア半島が誕生したらしい。イタリアの石灰岩の分布図を、イタリア洞窟学会の資料からトレースしてみた。石灰岩があちこちにグループとなって散らばってるのは、それぞれの陸地や太古の海底が隆起して結合した集合体だからなのかと、何となく納得できた。

登山をして目の前に見渡せるランドスケープは、太古の海底の生物の残骸ということだ。地球の歴史のスケールの大きさにすっかり魅了された。

 

 (以下、写真をクリックするとキャプションが出てきます)

アンダーランドスケープ

 

  イタリアの国土の27%をカルスト地形が占めており、存在する洞窟の90%以上が炭酸塩岩類(石灰岩、苦灰岩、大理石など)でできている。

イタリアの洞窟学会が定義としている洞窟は、①自然につくられた洞窟、②人工的につくられた洞窟 の2つに分けられる。

自然にできたシンクホールという陥没孔も多くみられ、海水で満たされているものもあれば、空洞のものもある。

人工的につくられた洞窟は、宗教的な目的から、生活や避難のためのものなど多種多様。写真と共にまとめてみると、イタリアでは洞窟の種類が改めて多いことに驚く。古代から自然の岩盤を利用して人々の生活や信仰生活が営まれてきたことがよく分かった。

 

  自然に形成された洞窟

通常の洞窟、鍾乳洞、シンクホールドーリネ

海食洞(海の侵食でできた洞窟)など

  人工的につくられた洞窟

修道士の隠居、水道施設、貯水槽、カタコンベ、礼拝堂、第二次世界大戦中の防空壕など 

 

イタリアの地質は穴ができやすい特徴があり地面や山の中に地下世界が広がっていること、現在も継続して使われている洞窟もあれば、観光化されている洞窟もあり重要な観光資源にもなっている。洞窟の暗さや寒さ、閉鎖性というマイナスなイメージは、再利用する際にはあまり影響していないようだ。アンダーランドスケープという言葉は、私が勝手につくった言葉だが、このようにイタリアでは地下空間も地上のランドスケープのように扱われ、そこに住民が住み、鑑賞し、調査を重ねて保護している様子をみて思いついた。

 

イタリア各州に、スペレオロジーの専門家がこれだけ多い理由もようやく納得できた。

スペレオロジーは、フィールド調査なしでは成り立たない。依頼された洞窟を何度も下見し、チームを組んでロープなどの装置を使って中へ入る。洞窟が水で満たされている場合は、潜水しながら実測調査を行うという。洞窟に関する全ての情報、岩盤や地質の種類や強度、生物の有無などを調べ、平面図や断面図を作成して報告書にまとめるのが仕事である。場合によっては、直径1メートル弱のようやく体がすり抜けられるような細い洞窟もあるそうだが、事故のリスク、コウモリだらけの洞窟を苦としないのは、体力と冒険心も大事だが、何より洞窟好きだからだろう。

 

イタリア中に広がる地下世界の観光化、商業空間としての再利用化は、このようなスペレオロジー専門家の人たちの地味な活動がベースとして成り立っていたことが分かった。スペレオロジー専門家のほとんどが、イタリア山岳会に所属している。仕事としても洞窟に入り、スポーツとしても楽しめるケーヴィングの魅力をボランティアで伝える。このような専門家の活動を支える大きな組織、イタリア山岳会や洞穴学会などのネットワークが、100年以上以前からイタリアに存在していること、つまり洞窟の価値が早くからイタリアで評価されてきていることに改めて驚いた。

 

(以下、写真をクリックするとキャプションが出てきます)